●はじめに
一本の大木を、どうやって挽けば最も美しい面がとれるか。木挽きは木を読み、一丁の大鋸でそれをこなす。
かつて東京・木場だけでも300人はいたという木挽きだが、いまだに大鋸を使う職人は、もはや全国で10人に満たない。
木について考え、木とのかかわりを合いを見つめ直すことは、そのまま、今私たちがおかれている状況に思いをいたすことに通じる。
このコラムでは、「木と日本の文化」と題して、木を読むことにかけては当代一とも言われる、江戸木挽職人である
林
以一 さんの紹介を兼ね、伝統的な木挽きの技術はもとより、木の国日本の文化における木挽きについてお話していきます。
●木挽きとは
木挽きとは、大鋸(おおがと読む:大きいノコギリの意味:大鋸屑「おがくず」のおおが)で丸太を材木にする仕事です。製材が機械化が始まるまでは、木挽き職人さんたちが、太い原木から柱、板、棟木、化粧材と、ありとあらゆる材木を大鋸一丁で取っていました。
木挽きという職業は、室町時代からだと言われていますが、それまで木の繊維に対して直角に挽く横挽き用の鋸はありましたが、室町中期に中国から縦挽き鋸が伝わるまで、繊維と平行に挽く、いわゆる大鋸と呼ばれる縦挽きの鋸はありませんでした。ですから大鋸が伝えられてからというものは、日本の製材技術が大きく進歩していったことは言うまでもありません。
それでは、その昔はどうやって丸い木から柱や板を取っていたかといいますと、実は切るのではなく割っていたんです。(いわゆる割木工といわれるものです。) 斧で伐りだした木に楔(くさび)を打ち込んで粗割りして表面を手斧や槍鉋で削ってきれいにしていたのです。この当時は今の大工さんが使う台鉋もありませんでした。(台鉋も大鋸と同じ時期に使われ出した。)
ですから、昔は木挽き職人さん達も大勢いて、重宝がられたというよりも、無くてはならない存在でした。
とは、いいましても、現在でも経験と豊富な知識に裏打ちされた木挽きさん達は、年始めに木場などで行われる銘木市では、買い手の側の良きアドバイザーとして、確かな目で木を選んで自ら挽いています。
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●大鋸の出現による製材技術の変化
まず、欅(ケヤキ)という木を知っていますか?よく街路樹などとして植えられていて、箒を逆さまにしたよな樹形の広葉樹(落葉樹)です。
この木は、杉や檜などの針葉樹に比べてやたらと硬く重いのが特徴です。また、楔(くさび)を入れても思うようにきれいに割れないので、その昔、割木木工に頼っていた時代には、扱い辛い木でした。ところが、これを建築用材や家具材に使えば精喫かつ丈夫なうえ木目が美しいときている。 ですが、重いので運ぶために筏にすれば沈んでしまう。それで吊り木筏にしたりして運んでいたのですが、いかんせんたくさん運べないなどと、悪いことづくめだったのです。
そんな中、仏教が伝わってまもなく、西日本では大きな寺社仏閣が建立されるようになった。当然太い木がたくさん必要になる中、中世後期に大鋸が出始めたのをきっかけに、それまで扱いにくかった木も、用途に合わせ大量に使われるようになったと言うことなのです。
ですから、大鋸の出現にあわせて木挽きも増えていったのです。
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●木挽きは材木屋さんのはじまり?
関西での寺社仏閣の建立によって、増えた木挽き達は、その後関東でも寺社仏閣の建築が盛んに行われるようになったのをきっかけに、関西から大勢の木挽き達が呼ばれてきました。けれども仕事が定期的にあるわけじゃぁないから、一つの神社が出来てしまえば次の注文がくるまでは食い扶持【ぶち】がない。そこで自分の家の前に大木を運んできては挽いて、柱や板材にして軒に立てかけて小売りをするようになったのです。これがなかなかいい商売だったようで、そのうち誰かが木挽きを数人集めて木を挽かせ、自分は原木の買い付けと材木の販売に専念するようになったりしたようです。
いわゆる材木屋のはじまりだったのです。ですから材木屋のルーツは木挽きという訳です。
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●今でも木挽きが必要なわけ
木挽きが大木を大鋸で挽いて、いろんな材をとることは、前項で始めに読まれたと思いますのでわかったと思います。
昭和の初期は、いわゆる江戸木挽きといわれる職人が今の新木場一丁目近辺に約300人くらいいて、いろんな木を製材していました。
木といっても材質や値打ちはさまざまです。銘木と呼ばれる高価な木なんかになると、機械にかけて製材するだけで損になる。なぜかというと、1本うん千万円といわれるような木は、杢(もく:木目のこと)が美しいんです。その杢の色艶の決め手は脂【あぶら】、つまり樹脂なんです。
製材機というのは、刃を高回転させて能率良く(時間的な面だけ)木を切る道具ですが、こうした色艶や杢が命の銘木は、製材機にかけると大事な樹脂が熱で溶けたり焼けたりして台無しになって、せっかくの模様が摩擦熱でぼけて艶も変わってしまう。 それに、機械はたしかに仕事は速いけれど、木の繊維を強引にむしるように刃が進むので無駄になる部分が多いんです。
その証拠に、オガクズの量が格段に違うんです。ですから、仮に10センチ幅の材木から厚さ1センチの材を取ろうとしたとき、製材機でやると7枚とるのがやっとでも、木挽きが挽けば9枚挽けるんです。 それに、太い木は大鋸が届かないと思うでしょうが大丈夫です、その時には、相挽きと言われる方法で2人で両側から木目に鋸の目が出ないように挽く技もあるのです。
どうです、木挽きってすごいでしょ。
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●木挽きは木を挽くだけじゃない!(木を読む)
木挽きは、木を挽くのが上手なことはわかったでしょう。 でもそれ以上に難しい技があるのです。 それは、「木を読む」ことです。 木を読むってどういうことなのかといいますと、前項でも申し上げましたとおり、どこをどう挽けばいい杢がでるのか、そうして材を無駄にしないようにできるか?それに高額な銘木といわれるような木は1ミリだって無駄にしたくないのは、木挽きも、それを購入したオーナーさんも同じ事。 ですから木口(丸太の両端部:年輪が見えるところ)を見て、皮を剥いた木肌や節を見て、その木の内部にある杢をだすために木を読み、墨かけするのです。 ですから、実際に木を挽いてみてきれいな杢が現れれば、これぞ経験と知識に裏打ちされた木挽きの職人技となるのです。
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●銘木業と木挽職人
銘木業というと、金にあかせて太い丸太を買いあさり、高い値段で金持ちに売っているというイメージがあるかもしれません。そんなことは全くないと言えば嘘になりますが、この業界ほど木を大切に扱っているところはないのです。
【大切に扱わざるを得ないような銘木を扱っているから当然と言えば当然ですが。】 挽いたときに、えもいえぬ味や風格のある木というのは、そうそうあるもんじゃなく、いわゆる銘木は木の宝石とでも申せましょう。高くなるのも当然といえば当然です。大事な宝石だからこそ時間がかかっても木挽きに任せるのです。ですから木挽きは宝石で言えばデザイナーでありカット職人でもあるんです。(早くて能率が上がるばかりがすべてじゃないってぇ事です。)
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●木挽きは自宅建築のよきアドバイザー
ひとくちに建築用材と言っても、柱、化粧材、棟木、板材とあらゆる材料があります。 そのむかし家を建てる人は、まず木場の材木屋に来たんです。 そこで木を挽いている木挽きがいろいろと相談に乗って、これくらいの間取りの家だとこれくらい木が要るとか、それくらいの予算ならこれぐらいのレベルの材が使えるとか、成金趣味だからこれはやめた方がいいなんてね。
こんな風に、間取りのことから材選びまで木挽きが関わってきたんです。そうして、商談がまとまると、今度は実際にその通りに木を挽いて数を揃えて大工さんに渡すのです。それで、渡すときにも木に番号を振って、これはこことか、これはこういうふうに使ってくれとか細かに指示してね。
最近は、住宅販売会社があって製材機でできた材があたりまえになってしまって、木挽きもただ木を挽くだけが仕事になってしまっているけど、本来は日本の木造建築に重要な役割を果たしてきた、もうひとりの大工の棟梁といえるでしょう。
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●大鋸を使いこなす
大鋸を使いこなすことの出来るのは、木挽き以外にはいません。木挽きさん達が、一人前の木挽きになるための条件として知っておかなければならないことは、木の名前、木の特徴、木の生態などありとあらゆる木のことを知らなければ、木を使うために一番大切な「適材適所」ができません。ですが、木とは別に大鋸、そうです使う道具を知り尽くしメンテナンスすることが必要となってきます。
大鋸を使うこと=メンテナンスと言っても過言ではありません。腕の利く木挽きはメンテナンス上手なのです。
どうしてそんなにメンテナンスが必要かって、そりゃそうですよ、板前さんは包丁が命、大工さんは玄翁と鉋が命って考えればわかるでしょう。
木挽きは、真っ当な木【まっすぐで形の整った木】ばかりを挽いているのではありませんから曲がった木から真っ直ぐな材を取ったりもしますし、真っ直ぐな木から曲がった材を取ったりもします。それもあの大きな大鋸だけで木を曲げて挽くのです。どうやって曲げるのかと言いますと、それは、曲げの墨かけ線に合わせて大鋸の目立ての目を調整しながら曲げていくのです。
これってすごい技なんですよ。なにも計算してやるわけじゃない、経験と勘で大鋸の刃の目を調整しながら曲げるのです。神社の鳥居の曲がっているところなんかを挽くときにもこの技を使うそうです。
ですから、大鋸の目立ては日常茶飯事でメンテナンスに相当な時間を費やすといっても過言ではありません。それに大鋸は、木挽きにとっては、飯のたねであり神聖なものでもあります。
【最近では大鋸を作る鍛冶屋さんがいないらしくこまっているそうです。】
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●日本の文化における木挽き
このコラムを見て、初めて木挽きという存在を知ったかたもいるかと思います。私は、ここで紹介した林以一さんの存在を知ったのがたしか5年くほど前木場で知りました。その後NHKの番組で林さんの仕事ぶりを拝見して木挽きに興味をもち、木の国日本で、木と正面から向かい合いまさに適材適所のためにこつこつと木を挽く木挽きにあこがれをもちました。私がもう20歳若くて林さんに会っていれば、多分木挽きとして弟子入りしていたと思います。
木挽きがこれまで寺社仏閣の建築に重要な役割を担い携わってきた功績は素晴らしいものです。たとえば、神社の柱や梁などはこだわりで造られているために木挽きでないと出来ない材がたくさん使われています。まさに寺社仏閣建築の歴史とともに歩んできた製材文化と言えます。しかし、今では全国に10人ほどになってしまった木挽職人です。後継者も少なくほとんどいないと聞きます。木挽きがいなくなっても、その功績と日本文化に根ざしたあゆみを私は心の中にとどめるだけでなく、こういったコラムを通じて語り継いでいきたいと思います。
(平成12年7月22日 文:小川信明)
もっと詳しく木挽さんの事が知りたい方は、林以一氏のお弟子さんが管理しているサイト【木人の国「こびとのくに」 http://www.kt.sakura.ne.jp/~cobito/ で。】
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